副業を法人化するタイミング
- 所得税は課税所得に応じて5%〜45%の7段階で上がる超過累進課税(所得税法第89条、国税庁タックスアンサーNo.2260)、住民税は所得割が原則一律10%(地方税法)
- 法人税は資本金1億円以下の中小法人の場合、年800万円以下の部分は軽減税率15%、超える部分は23.2%(法人税法第66条、租税特別措置法第42条の3の2、国税庁タックスアンサーNo.5759)
- 副業の所得(事業所得・雑所得)は給与所得と合算して総合課税されるため、本業の年収が高い人ほど副業分にかかる税率(限界税率)も高くなる(所得税法、総合課税の原則)
- 法人は欠損金を10年間繰越控除できる(法人税法第57条)のに対し、個人の青色申告特典による純損失の繰越控除は3年(所得税法第70条)
この記事の内容
この記事は、会社員として副業を続けていて、利益が増えてきたので法人化(会社設立)するタイミングを迷っている人に向けて書いています。 結論から言うと、判断の軸にすべきなのは「副業の利益がいくらか」ではなく「本業の給与所得と合算した課税所得がいくらか」です。専業の個人事業主向けによく言われる「利益800万円で法人化」という目安は、副業の場合はそのまま当てはまりません。この記事では、その理由と、税率以外に見るべき点を整理します。
- 副業の利益が増えてきて、そろそろ法人化すべきか気になっている
- 「利益800万円が目安」という情報を見たが、副業でも同じ基準でいいのか分からない
- 税金以外に、法人化することで何が変わるのか(社会保険や会社バレのリスクなど)を知らないまま検討している
結論:見るのは「副業の利益」ではなく「本業と合算した課税所得」
副業を法人化するタイミングを検索すると、「個人事業の利益が800万〜900万円を超えたら法人化」という目安をよく見かけます。これは、個人にかかる所得税(超過累進課税)と法人にかかる法人税(段階的な税率)の実効税率が交差するあたりを指した、専業の個人事業主向けの目安です。
副業の場合、この目安をそのまま使うと判断を誤ります。 副業の所得(事業所得や雑所得)は、本業の給与所得と合算されて所得税が計算される「総合課税」の対象だからです。すでに本業の給与だけである程度高い税率区分に入っている人は、副業の利益がまだ数百万円でも、その利益にかかる税率(限界税率)は専業の人より高くなっています。見るべきは副業単体の利益ではなく、本業の給与所得と副業の利益を合算した「課税所得」の合計額です。
「副業の利益が800万円に届いていないから、まだ法人化は関係ない」という判断は、本業の年収次第では早計です。 源泉徴収票の「給与所得控除後の金額」と、副業の利益を合算した金額がいくらの税率区分に入っているかを、まず確認してください。
なぜ利益額だけで判断できないか:給与所得との合算
会社員の所得税は、勤務先からの給与所得だけでなく、副業で得た事業所得・雑所得を合算した「総所得金額」に対して計算されます。これが総合課税の原則です。
給与所得はすでに一定の税率区分にあるため、副業の利益はその区分の「上乗せ分」として、より高い税率が適用されます(超過累進課税の仕組み上、所得が増えるほど、増えた部分に適用される税率=限界税率が上がっていきます)。
つまり、本業の年収が高い人ほど、副業の利益に対する実質的な税負担は重くなりやすく、専業の個人事業主が使う「800万円」という目安より低い利益額で、法人化による税率メリットが出てくる可能性があります。逆に本業の年収が低い人は、専業の目安よりも高い利益額まで個人のままのほうが有利な場合もあります。「副業だから一律で早めに法人化すべき」という単純な話でもありません。
個人の税率構造:所得税は超過累進、住民税は一律10%
判断の土台になる税率構造を整理します。所得税は、課税所得の金額に応じて5%から45%まで7段階で税率が上がる超過累進課税です(所得税法第89条、国税庁タックスアンサーNo.2260「所得税の税率」)。これに加えて、住民税(所得割)が原則として一律10%かかります(地方税法)。個人にかかる税率の上限は、所得税45%+住民税10%=55%(復興特別所得税は別途)まで上がる仕組みです。
| 課税所得の目安 | 所得税率 |
|---|---|
| 195万円以下 | 5% |
| 195万円超330万円以下 | 10% |
| 330万円超695万円以下 | 20% |
| 695万円超900万円以下 | 23% |
| 900万円超1,800万円以下 | 33% |
| 1,800万円超4,000万円以下 | 40% |
| 4,000万円超 | 45% |
(所得税法第89条、国税庁タックスアンサーNo.2260。実際の税額は控除額を差し引いて計算する速算表があり、上表は税率区分の目安)
法人の税率構造:年800万円を境に税率が変わる
法人税は、資本金1億円以下の中小法人であれば、年800万円以下の所得部分に軽減税率15%、それを超える部分に基本税率23.2%が適用されます(法人税法第66条、租税特別措置法第42条の3の2、国税庁タックスアンサーNo.5759「法人税の税率」)。これに加えて法人住民税(所得割・均等割)、法人事業税もかかります。均等割は赤字の年でも発生する定額の税金で、資本金1,000万円以下・従業員50人以下の区分では東京23区の場合で年7万円が標準です(地方税法。資本金と均等割の関係は別記事[資本金はいくらにするか|1円設立をやめた理由]で詳しく整理しています)。
個人の最高税率(所得税+住民税で55%)に対し、法人の実効税率はおおむね20%台〜30%台前半に収まるため、課税所得の合計額が一定水準を超えると、法人のほうが税負担の割合が低くなるという構造です。この「一定水準」が専業の個人事業主向けにはよく800万〜900万円あたりと言われますが、これは国税庁や財務省が公式に定めた基準ではなく、税理士・会計事務所が経験則として示している目安です。【一次情報なし:個人と法人の税負担が逆転する所得水準について、国税庁・財務省が公表した基準は見つかりませんでした】正確な交差点は所得控除の状況や自治体の税率、社会保険料の負担なども絡むため、個別の試算が前提になります。
分岐点の考え方を一覧にする
副業のケースで、法人化のメリットが出やすいかどうかを考える視点を整理します。
| 状況 | 法人化のメリットが出やすいか |
|---|---|
| 本業の給与所得だけですでに高い税率区分(所得税33%以上)に入っている | 副業の利益がまだ大きくなくても、限界税率が高いため法人化のメリットが出やすい |
| 本業の給与所得が低め(所得税10〜20%の区分) | 副業の利益が専業の目安(800万円前後)に近づくまでは、個人のままのほうが有利な場合が多い |
| 副業の利益を法人に残して再投資する予定がある | 法人税率は所得800万円まで15%と低いため、利益を貯める段階では法人が有利になりやすい |
| 副業の利益をすぐ生活費に回す予定がある | 法人から役員報酬として引き出す場合、給与所得控除は使えるが社会保険料など別のコストが発生する |
税率以外に見るべき3点
税率の比較だけで法人化の是非を決めると、他のコストを見落とします。
- 社会保険への強制加入:法人は健康保険・厚生年金保険の強制適用事業所となり、代表者本人も被保険者になります(健康保険法、厚生年金保険法)。本業ですでに社会保険に加入している会社員が、副業で設立した自分の法人からも役員報酬を受け取って被保険者になる場合は、「健康保険・厚生年金保険 被保険者資格取得届 兼 二以上事業所勤務届」を、本業・副業いずれか一方の事業所を管轄する年金事務所に事実発生から10日以内に提出する必要があります。標準報酬月額は本業・副業双方の報酬を合算して決定し、保険料は各事業所の報酬額に応じて按分されます(日本年金機構「複数の事業所に雇用されるようになったときの手続き」)。実際の按分後の保険料額は本業の給与額と役員報酬の設定額によって変わるため、自分の数字で年金事務所または社会保険労務士に試算してもらう必要があります。
- 赤字の繰越期間:法人は欠損金を10年間繰り越して将来の黒字と相殺できます(法人税法第57条)。個人の青色申告特典による純損失の繰越控除は3年です(所得税法第70条)。事業に波がある場合、この差は無視できません。
- 維持コスト:法人は赤字の年でも法人住民税の均等割(前述、最低区分で年7万円が標準)が発生し、決算・申告の事務も複雑になるため税理士費用がかかる場合が多くなります。個人の確定申告より維持コストが上がることは前提として織り込む必要があります。
法人化すると副業が会社に伝わるリスクが上がる
副業を法人化する会社員にとって、税金や社会保険と並んで無視できないのが「本業の会社に副業が伝わるリスク」です。
会社の代表者や役員に就任すると、その氏名は登記簿(履歴事項全部証明書)に記載され、誰でも法務局で取得できる公開情報になります。
また、住民税には、勤務先が給与から天引きして納める「特別徴収」と、自分で直接納める「普通徴収」があります。確定申告書第二表には「給与、公的年金等以外の所得に係る住民税の徴収方法」を選ぶ欄があり、ここで「自分で納付」を選べば、副業分(事業所得・雑所得)の住民税だけを普通徴収にできます(国税庁「確定申告書等作成コーナー」)。個人事業のままであれば、この選択によって、副業分の住民税増加を本業の給与天引き額に反映させずに済む余地があります。
ただし、法人化して役員報酬(給与)を受け取る形にすると、この選択肢は使えなくなります。 普通徴収を選べるのは給与所得以外の所得に限られるため、役員報酬という「給与」に切り替わった時点で、原則どおり本業の給与と合算して特別徴収され、勤務先の経理担当者が天引き額の変化に気づく可能性は、個人事業のときより上がります。
副業が就業規則で禁止・制限されている場合は、税金の損得より先に、この点を確認する必要があります。 法人化は個人事業より公開情報が増える分、発覚のリスクも上がる可能性がある、という前提で検討してください。
実体験について、正直に書きます
正直に書きます。私自身は2026年6月末に前職を退職し、退職後に合同会社の設立準備を進めている当事者ですが、在職中の副業を法人化した経験はありません。この記事は、副業を続けながら法人化のタイミングを検討している人向けに、税制の仕組みを調べて整理したものであり、本人の一次情報ではありません。この点は正直に書いておきます。
次にやること
まず、自分の源泉徴収票にある「給与所得控除後の金額」と、副業の年間利益を合算し、どの税率区分に入っているかを確認してください。 そのうえで、社会保険の扱い・赤字繰越の期間・会社にバレるリスクという税率以外の3点を踏まえて、法人化の是非を検討してください。個々の状況での正確な損益分岐点は、税理士に実際の数字でシミュレーションしてもらうのが確実です。freee会社設立やマネーフォワード会社設立のようなサービスでも、簡易な税額シミュレーション機能を提供している場合があります。
※本記事は2026年8月時点の法令に基づく情報整理と、筆者個人の状況に基づくものです。個人と法人の税負担が逆転する所得水準の正確な交差点は、国税庁・財務省が公表した公的な基準が存在しない()ため、個別の試算が前提になります。実際の法人化の判断は、必ず税理士・社会保険労務士に自分の数字で確認してください。
出典 - 所得税法 第89条(超過累進税率) - 所得税法 第70条(純損失の繰越控除) - 法人税法 第66条(法人税の税率) - 法人税法 第57条(青色申告書を提出した事業年度の欠損金の繰越控除) - 租税特別措置法 第42条の3の2(中小法人等の法人税率の特例) - 地方税法(個人住民税の所得割、法人住民税の均等割) - 健康保険法、厚生年金保険法(法人の強制適用事業所) - 国税庁タックスアンサー No.2260「所得税の税率」 - 国税庁タックスアンサー No.5759「法人税の税率」 - 国税庁「確定申告書等作成コーナー」住民税の徴収方法の選択 - 日本年金機構「複数の事業所に雇用されるようになったときの手続き」