労災保険の特別加入
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一人で会社を立ち上げた社長。仕事中にケガをしても、労災保険は基本的に使えない。あなたは「労働者」ではなく「経営者」だからだ。それでも唯一、社長が労災に入れる方法がある。「特別加入制度」だ。ただし、これには一人社長がぶつかる壁がある。
社長は、なぜ労災保険が使えないのか
労災保険は「労働者」がケガや病気をしたときに、治療費や休業中の生活費を補償する制度だ(労働者災害補償保険法)。ここでいう労働者とは、会社に使われて働き、賃金をもらう人(労働基準法9条)を指す。
社長や役員は、会社に「使われる」側ではなく「使う」側にあたる。だから、原則として労災保険の対象外になる。従業員と同じ現場で同じ作業をしていても、経営者という立場である限り、労災は下りない。
- 現場で足場から落ちてケガをした → 従業員なら労災、社長なら対象外
- 得意先への移動中に事故に遭った → 従業員なら労災、社長なら対象外
この差は、多くの一人社長が事業を始めてから初めて知る事実だ。
唯一の抜け道が「特別加入制度」
本来は対象外の経営者でも、任意で労災保険に加入できる仕組みが「特別加入制度」だ(労働者災害補償保険法第四章の二、33条〜37条。e-Gov法令検索で確認・2026年9月14日確認)。これが、社長が労災保険に入れる唯一の道になる。
特別加入にはいくつか種類があるが、一人社長に関係するのは主に次の2つだ。
| 種類 | 対象 | 一人社長との関係 |
|---|---|---|
| 第1種特別加入(中小事業主等) | 中小企業の事業主・役員・家族従事者 | 労働者を使っていることが条件。完全な一人だと使えない |
| 第2種特別加入(一人親方等) | 建設業・運送業など法令で定めた業種の個人事業主 | 業種が限定されている。IT・コンサル・士業などは対象外 |
つまり「社長だから当然に入れる」制度ではない。どちらも条件付きだ。
中小事業主の特別加入には「労働者を使っていること」が要件
第1種特別加入(中小事業主等)を使うには、次の要件を満たす必要がある(厚生労働省「特別加入制度のしおり」、複数の社会保険労務士事務所の解説を照合・2026年9月14日確認)。
- 常時使用する労働者数が、業種ごとの上限以下であること
- その労働者について、労災保険の保険関係がすでに成立していること(=従業員を1人以上雇っていること)
- 労働保険事務組合に、労災保険に関する事務処理を委託していること
業種ごとの労働者数の上限は次の通りだ。
| 業種 | 労働者数の上限 |
|---|---|
| 金融業・保険業・不動産業・小売業 | 常時50人以下 |
| 卸売業・サービス業 | 常時100人以下 |
| その他の事業 | 常時300人以下 |
ここで一人社長がぶつかる壁は、要件2の「労働者を使っていること」だ。従業員がゼロの一人社長は、そもそも労災保険の保険関係が成立していないので、中小事業主等の特別加入に申し込むことができない。
なお、通年で雇っていなくても、1年のうち100日以上労働者を使用していれば「常時労働者を使用している」とみなされる(同資料)。繁忙期だけ短期のアルバイトを雇う場合でも、条件を満たせる可能性がある。
自分の業種は「一人親方」の特別加入に入れるか
従業員を雇う予定がない一人社長は、もう一つの道である第2種特別加入(一人親方等)を検討することになる。ただし対象業種は法令で次のように限定されている。
- 自動車を使用して行う旅客・貨物運送の事業(個人タクシー・軽貨物運送など)
- 建設の事業(一人親方の大工・とび職など)
- 漁船による水産動植物の採捕の事業
- 林業の事業
- 医薬品の配置販売の事業
- 再生利用の目的となる廃棄物等の収集・運搬・選別・解体等の事業
- 船員法上の船員が行う事業
(厚生労働省「特別加入制度のしおり(一人親方その他の自営業者用)」、複数の社会保険労務士事務所の解説で照合・2026年9月14日確認)
このほか、特定作業従事者として、特定農作業従事者・危険有害作業を行う家内労働者・介護作業従事者などが追加で対象になっている(厚生労働省の特別加入対象一覧を複数の社会保険労務士事務所の解説で照合・2026年9月14日確認)。
IT・コンサル・士業・EC運営など、いわゆるオフィスワーク中心の一人社長は、この一覧のどれにも該当しないことが多い。 つまり、従業員ゼロのまま業種も対象外だと、中小事業主等にも一人親方等にも入れず、労災保険に入る手段そのものが無くなる。
対応策は「1人でも雇う」か「民間保険で備える」
一人社長が労災保険に入りたい場合、現実的な選択肢は2つに絞られる。
- パート・アルバイトを1人でも雇い、中小事業主等の特別加入を申し込む。 通年でなくても、年100日以上の使用で要件を満たせる
- 民間の所得補償保険・傷害保険で代替する。 労災保険の給付内容(休業補償・障害補償・遺族補償など)と完全には一致しないが、ケガで働けない期間の収入減には備えられる
どちらを選ぶかは、事業の状況次第だ。近い将来に人を雇う計画があるなら1、当面は一人でやるなら2、という判断になりやすい。
計算例:パートを1人雇って特別加入した場合の保険料
条件を1つ仮置きして、実際の金額まで出す。
- 業種:情報サービス業(労災保険率の分類上「その他の各種事業」に該当し、令和8年度の率は1,000分の3。令和8年度は令和7年度から料率の変更なし。厚生労働省「労災保険率表」で確認・2026年9月14日確認)
- パート1人を年130日雇用し、要件を満たす
- 給付基礎日額(自分で選ぶ、3,500円〜25,000円の16段階から選択。厚生労働省「特別加入制度のしおり」で確認・2026年9月14日確認)を10,000円に設定
年間保険料 = 給付基礎日額 × 365日 × 労災保険率 = 10,000円 × 365日 × 0.003 = 10,950円
給付基礎日額を上げれば補償は厚くなるが、保険料も比例して上がる。上の式に自分の業種の労災保険率(厚生労働省「令和8年度の労災保険率等について」で確認できる)と、希望する給付基礎日額を当てはめれば、自分のケースの金額が出せる。
※労災保険率は業種によって1,000分の2.5(通信業・放送業・新聞業・出版業などが最低)〜1,000分の88(金属鉱業・非金属鉱業・石炭鉱業などが最高)まで幅がある(厚生労働省「労災保険率表」で確認・2026年9月14日確認)。上の3/1,000は情報サービス業など事務系の業種の例であり、建設業・運送業などはこれより高くなる。
文例:労働保険事務組合への特別加入委託の問い合わせ
中小事業主等の特別加入は、自分で労基署に直接申し込むことができず、労働保険事務組合を経由する必要がある。まずは地域の商工会議所や社労士事務所が運営する事務組合に、次のような文面で問い合わせるところから始める。
件名:労災保険 特別加入(中小事業主等)についてのお問い合わせ
○○労働保険事務組合 ご担当者様
はじめまして。株式会社○○(代表取締役 ○○)と申します。
現在、従業員○名(パート含む)を雇用しており、
私自身(代表取締役)の労災保険 特別加入(中小事業主等)を
検討しております。
つきましては、下記についてご教示いただけますでしょうか。
1. 御組合を通じて特別加入の手続きが可能か
2. 委託にあたり必要な書類と手数料
3. 給付基礎日額の目安と、それに応じた保険料の概算
4. 手続きに要するおおよその期間
お忙しいところ恐縮ですが、よろしくお願いいたします。
株式会社○○
代表取締役 ○○
電話:○○○-○○○○-○○○○
チェックリスト:自分が特別加入できるか確かめる
- □ 従業員(パート・アルバイト含む)を1人以上雇っている、または雇う予定がある
- □ 雇う場合、年間で100日以上の使用が見込める
- □ 自分の業種が、金融・保険・不動産・小売なら50人以下、卸売・サービスなら100人以下、それ以外なら300人以下の労働者数に収まっている
- □ 自分の業種が建設業・運送業などの「一人親方等」対象業種に当てはまるか確認した
- □ 上記のどちらにも当てはまらない場合、民間の所得補償保険の資料を1社分は取り寄せた
次にやること
自分の業種と従業員の有無を、上のチェックリストで確かめる。中小事業主等の要件に当てはまりそうなら、地域の労働保険事務組合(商工会議所や社労士事務所が窓口になっていることが多い)に、上の文例をそのまま使って問い合わせる。