学習塾運営の法人化
この記事の内容
個人で学習塾や教室を開いている人、これから開く人が、法人にするときに「特定商取引法(特商法)はどう変わるのか」で迷ったときに読む記事だ。生徒と結ぶ契約書、ホームページの表記、途中でやめたいと言われたときの返金の3つについて、何をすればいいかを答える。
「法人にしたら特商法の表記も変えないといけないのか」「そもそも塾は特商法の対象なのか」と不安になっている人もいると思う。先に言っておくと、法人にしたから特商法が新しく適用されるわけではない。ただし、表に出す名前が変わるので、契約書とサイトの書き換えは必要になる。
結論:法人化で適用は変わらない。変わるのは、契約書とサイトに出す名前
消費者庁の「特定商取引法ガイド」の学習塾の説明には、個人か法人かで扱いを分ける記載は見当たらない(2026年9月22日確認)。決め手になるのは、塾の契約の中身(期間と金額)だ。
| 法人化で変わるか | 何をするか | |
|---|---|---|
| 特商法が適用されるか | 変わらない(契約の期間と金額で決まる) | 自分の契約が条件に入るかを確かめる |
| 契約書面に書く事業者名 | 変わる | 個人名から法人名へ書き換える |
| ネットで申込みを受けるときの表記 | 変わる | 法人名と、代表者名または責任者名を出す |
| すでに結んでいる生徒との契約 | 自動では移らない | 保護者に説明して、同意をもらう |
つまり、法人化の準備で見るのは「書面・サイト・いまの生徒との契約」の3か所だ。
学習塾は、特商法のどの類型にあたるのか
塾の契約には、主に次の2つの類型が関わる。
| 類型 | 何のルールか | 塾にあたる場面 |
|---|---|---|
| 特定継続的役務提供 | 長い期間・高い金額の習い事などに、書面の交付、クーリング・オフ、中途解約のルールをつける | 通塾する生徒との、一定以上の期間・金額の契約 |
| 通信販売 | ネットや電話などで申込みを受けるときの広告の表示、最終確認画面のルール | ホームページやフォームで申込みを受けるとき、教材をネットで売るとき |
学習塾がこの対象になる条件は、次のとおりだ(同ガイド、2026年9月22日確認)。
| 条件 | ガイドの書き方 |
|---|---|
| 生徒の範囲 | 学校(幼稚園と小学校を除く)の入学試験の準備、または学校教育(幼稚園と大学を除く)の補習を受ける児童・生徒・学生 |
| 期間 | 2月を超えるもの |
| 金額 | 5万円を超えるもの |
条文は「超える」と書いてある。2か月ちょうど、5万円ちょうどの契約が入るかは、この記事では判断しない。ぎりぎりの契約を作るときは、消費者庁の相談窓口か弁護士に聞いてほしい。
計算例:月謝の塾は、5万円の線を超えるか
「うちは月謝が安いから関係ない」と思いがちだが、金額は月謝だけで数えない。消費者庁のQ&Aでは、入学金(入会金)・受講料・教材費・施設利用費・関連商品の販売など、契約金の総額が5万円を超えていれば対象とされている(2026年9月22日確認)。
前提(すべて仮置き)
- 中学生向けの個別指導塾。学校の補習が目的の生徒
- 契約は3か月分(期間は2か月を超える)
- 入会金1万円、月謝1万5,000円、教材費8,000円
| 項目 | 計算 | 金額 |
|---|---|---|
| 入会金 | 1万円 | |
| 月謝 | 1万5,000円 × 3か月 | 4万5,000円 |
| 教材費 | 8,000円 | |
| 契約金の総額 | 1万円 + 4万5,000円 + 8,000円 | 6万3,000円 |
6万3,000円は5万円を超え、期間の3か月も2か月を超える。この契約は、特定継続的役務提供にあたる。
月謝だけなら4万5,000円で、5万円に届かない。しかし総額で数えるので、教材費と入会金を足したところで線を超える。「月謝が安いから対象外」という読み方は使えない。
対象になったら、契約の前後に書面を渡す
対象になった契約では、事業者は契約の前と後に書面を渡す。消費者庁のガイドの内容は次のとおりだ(2026年9月22日確認)。
| 時期 | 書面 | 主な記載事項 |
|---|---|---|
| 契約の前 | 概要書面 | 役務の内容、対価の概算額、支払時期・方法、提供期間、クーリング・オフ、中途解約など |
| 契約の後 | 契約書面 | 上の事項に加えて、事業者の氏名(名称)・住所・電話番号(法人は代表者の氏名も)、契約年月日など。字と数字の大きさは8ポイント以上 |
ここに、法人化の影響が出る。契約書面に載る「事業者の氏名(名称)」が、個人名から法人名に変わるからだ。書面のひな形を個人名のまま使い続けると、契約の相手が誰なのか、生徒の保護者にとって分かりにくくなる。
生徒はいつまで契約をやめられるのか
対象の契約には、契約後にやめる仕組みが2つある。
| 内容 | 上限額など | |
|---|---|---|
| クーリング・オフ | 契約書面を受け取った日から8日以内なら、理由を言わずに解除できる | 関連商品(学習塾では書籍・教材、CD・DVDなど)もあわせて解除できる(消費者庁ガイド、2026年10月5日確認) |
| 中途解約 | 8日を過ぎても、提供期間の途中なら、将来に向かって解除できる | 事業者が請求できる損害賠償に上限がある |
学習塾の中途解約の上限額は、ガイドでは次のとおりだ(2026年9月22日確認)。
| 解約の時期 | 事業者が請求できる上限 |
|---|---|
| 役務の提供を始める前 | 1万1,000円 |
| 役務の提供を始めたあと | 提供済みの役務の対価 + 「2万円」または「1か月分の授業料相当額」のいずれか低い額 |
「契約残額の10%」はエステティックの上限で、学習塾には当てはまらない(消費者庁「特定商取引法ガイド」特定継続的役務提供、2026年10月5日確認)。
計算例:6か月契約を3か月で解約されたら、いくら請求できるか
前提(すべて仮置き)
- 6か月契約、月謝1万5,000円、契約金額は月謝分のみ(9万円)
- 上限の考え方は消費者庁「特定商取引法ガイド」(2026年10月5日確認)
- 3か月分を受けたところで解約の申出があった
- 入会金と教材費は考えない
| 項目 | 計算 | 金額 |
|---|---|---|
| 提供済みの役務の対価 | 1万5,000円 × 3か月 | 4万5,000円 |
| 1か月分の授業料相当額 | 月謝 | 1万5,000円 |
| 「2万円」と「1か月分」の低いほう | 2万円と1万5,000円の低いほう | 1万5,000円 |
| 請求できる上限 | 4万5,000円 + 1万5,000円 | 6万円 |
この例では、生徒が払い済みの額が、上限を超えているなら返す必要がある。払い済みが月謝の前払い6か月分(9万円)なら、差の3万円が返金の目安になる。ただし、実際の精算は契約書の書き方と教材の扱いで変わる。個別の案件は、消費者庁の相談窓口か弁護士に確かめてほしい。
法人化で、生徒との契約はどうなるのか
個人事業のときに結んだ契約を、法人が引き継ぐには手続きが要る。民法539条の2は、契約の当事者の一方が第三者と契約上の地位を譲渡する合意をした場合に、相手方が承諾したときに地位が移ると定めている。
つまり、法人を作っただけでは、いまの生徒の契約は法人には移らない。生徒の保護者に、次のことを伝えて同意をもらう必要がある。
| 保護者に伝えること | 理由 |
|---|---|
| 運営者が、個人から法人に変わること | 契約の相手が変わるため |
| 授業の内容・時間・場所・月謝は変わらないこと | 変わる部分と変わらない部分を分ける |
| 前払いの授業料の残りを、法人に引き継ぐこと | 精算の相手が変わるため |
| 同意しない場合は、従来の契約のまま、または精算して終わること | 選べる状態にする |
この段階で、クーリング・オフの日数が新しく動くかは、この記事では確認できていない。新しい契約として結び直す場合は、契約書面を法人名で渡し直して、日付を管理しておく。運用は弁護士に確かめてほしい。
ホームページの表記:ネットで申込みを受けるなら、法人名と代表者名を出す
ネットで申込みを受ける塾は、通信販売のルールも関わる。消費者庁のガイドでは、役務(サービス)を提供する事業者も通信販売の対象とされ、広告に「役務の対価」を表示することが義務になっている(2026年9月22日確認)。
法人でネットの広告を出すときは、事業者の名称・住所・電話番号に加えて、代表者または通信販売に関する業務の責任者の氏名を表示する(同ガイド、2026年9月22日確認)。
住所や電話番号を広告に出さず、消費者から請求があったときに遅滞なく開示する方法もあるが、それには「申込みの意思決定に先立って十分な時間的余裕をもって提供」できることが条件だ(同ガイド、2026年9月22日確認)。使うなら、この条件を満たす運用ができるかを先に確かめる。
表示が必要な事項は、ガイドでは次のように挙げられている(2026年9月22日確認)。
| 表示する事項 | 塾での書き方の例 |
|---|---|
| 販売価格・役務の対価 | 入会金、月謝、教材費、その他の費用 |
| 代金の支払時期・方法 | 銀行引落し、振込、クレジットカードなど、月の何日か |
| 役務の提供時期 | 授業の開始日、曜日・時間 |
| 申込みの撤回・解除に関すること | 解約の申出の方法、返金の考え方 |
| 事業者の名称・住所・電話番号 | 法人名、所在地、電話番号 |
| 代表者または責任者の氏名 | 代表者名 |
ネットで申込みを受ける最終画面には、金額・支払時期と方法・提供時期・申込み期間・撤回や解除に関する事項を表示する(同ガイド、2026年9月22日確認)。
オンライン中心の塾について、消費者庁のQ&A第3問には、役務の内容がファックスや電話、インターネット、郵便等を用いて行われる場合も広く含まれるとの記載がある(2026年10月5日確認)。学習塾のオンライン提供そのものを名指しした記載は見当たらなかった。この記事では、オンライン中心の塾は「通信販売の表記を出す」「特定継続的役務提供の書面も渡す」の両方をしておくやり方を勧める。片方だけ整えて、もう片方が要る契約だったときの手戻りが大きいからだ。
文例:法人になった塾の、特商法に基づく表記(ホームページ用)
次の文面を、自分の塾の内容に置き換えて使える。〇〇のところを書き換える。
特定商取引法に基づく表記
事業者の名称 株式会社〇〇(塾の名称:〇〇塾)
代表者名 〇〇 〇〇
所在地 〒〇〇〇-〇〇〇〇 〇〇県〇〇市〇〇 〇-〇-〇
電話番号 〇〇-〇〇〇〇-〇〇〇〇(受付時間:〇時〜〇時)
メールアドレス 〇〇@〇〇.〇〇
役務の対価
入会金:〇〇円(税込)
月謝:〇〇円(税込)/月(学年・コースにより異なる。別表参照)
教材費:〇〇円(税込)
対価以外にかかる費用
〇〇(例:システム利用料、テスト代)
支払時期・方法
入会金:お申込み時に〇〇でお支払い
月謝:毎月〇日までに〇〇(口座引落し/クレジットカード)でお支払い
役務の提供時期
お申込み後、〇〇日以降の授業日から開始します。
授業の曜日・時間は、お申込み時にお伝えします。
契約期間・更新
最低受講期間〇か月。以降は〇か月ごとの自動更新です。
申込みの撤回・解約について
契約書面の受領日から8日以内はクーリング・オフができます。
8日を過ぎたあとの解約は、〇〇の方法でお申し出ください。
精算は、法令で定める範囲で行います。
この表記だけでは、特定継続的役務提供の書面の代わりにはならない。対象の契約では、契約の前後に、概要書面と契約書面を別に渡す。
チェックリスト:塾を法人にするときに確かめること
□ 自分の塾の契約が、期間2か月超・金額5万円超(入会金・教材費を含む)にあたるか、契約書のひな形ごとに確かめた □ 概要書面と契約書面のひな形を、法人名・所在地・電話番号に書き換えた □ 契約書面の字と数字が、8ポイント以上になっている □ クーリング・オフと中途解約の説明が、書面に入っている □ ホームページの特商法表記に、法人名と代表者名(または責任者名)を入れた □ ネット申込みの最終確認画面に、金額・支払時期・解除に関する事項が出る □ いまの生徒の保護者に、運営者が変わることを伝えて、同意をもらう手順を決めた □ 前払いの授業料の残りを、いくら法人に引き継ぐかを一覧にした
3つ以上に「まだ」がつくなら、法人化の日を先に決めるのではなく、書面とサイトの書き換えから始めたほうがいい。
一人で塾を続けてきた人が、不安になるのは自然なこと
塾は、生徒と保護者の顔が見える仕事だ。契約書が個人名から法人名に変わると、「信頼を失わないか」と不安になる人もいると思う。
書面を整えることは、保護者にとって、何かあったときの窓口が分かるということでもある。慌てなくていい。法人化の日と、書面を切り替える日は、同じでなくても構わない。
調べた範囲では、この記事の内容はここまでだ。個別の契約の扱い(特に引継ぎ、クーリング・オフの日数の数え方)は、消費者庁の相談窓口か弁護士に確かめてほしい。
次にやること
いま使っている生徒との契約書のひな形を1枚だけ開いて、期間と金額を数える。入会金・月謝・教材費を全部足して、「2か月を超えるか」「5万円を超えるか」に○×をつける。○が2つそろったら、その契約書に「クーリング・オフ」と「中途解約」の説明が入っているかを確かめる。