一人社長は雇用保険に入れるか
この記事の内容
一人で会社を作った社長は、雇用保険に入れません。 代表取締役は会社に雇われる「労働者」ではなく、会社を動かす側だからです(雇用保険法の被保険者は「労働者」が対象)。
この記事は、会社を辞めて一人で起業する人、または法人を作ったばかりの人に向けて書いています。 「入れるのか」「今まで払った分で失業給付はもらえるのか」「起業するとき何を先に確かめるか」を答えます。
結論を先に置きます。 - 一人社長は、原則として雇用保険の被保険者になれない - 会社員時代の加入期間があれば、受給資格そのものは残る。ただし、事業を始めると基本手当は止まる - 迷ったら、手続きの前にハローワークで確かめる
つまり、一人社長に失業の備えは自分で作るもので、退職後の手続きは「順番」が大事です。
一人社長は雇用保険に入れるのか
入れません。理由は2つです。
1つ目は、雇用保険の対象が「労働者」だからです。 雇用保険法は、事業所に雇用される労働者を被保険者としています(雇用保険法4条・5条)。
2つ目は、代表取締役は会社から「使われる」立場ではないからです。 経営の判断をし、報酬も自分で決められる立場は、労働者とは見なされません。
個人事業主(開業届を出して一人で仕事をする人)も同じです。 雇われていないので、雇用保険には入れません。
会社が雇用保険の「適用事業所」になる条件は、労働者を1人でも雇うことです。 社長だけの会社は、そもそも手続きの相手になる労働者がいません。
役員でも入れるケースはあるのか
あります。「使用人兼務役員」と呼ばれる人です。
役員の肩書があっても、実態は部長や店長として働き、報酬の中心が給料なら、労働者として扱われることがあります。 判断するのはハローワークです。見るのは、次のような実態です。
- 役員会など、意思決定にどれだけ関わっているか
- 就業規則や出勤の管理を受けているか
- 報酬が「給料」の形か「役員報酬」の形か
一人社長は、この判断になりません。 自分が決める側で、他に決める人がいないからです。
ただし、複数人の会社で役員になった場合は話が変わります。 自分の立場がどちらに当たるかは、書類で決まるものではなく、実態で見られます。 個別の判断は、管轄のハローワークの窓口に聞くのが確実です。
会社員時代に払った雇用保険は、無駄になるのか
無駄にはなりません。 退職前の加入期間は、法人を作ったあとも消えません。
基本手当(いわゆる失業手当)の受給資格は、離職の日より前の加入期間で決まります。 一般の離職では、離職日以前2年間に、被保険者期間が通算12か月以上必要です(雇用保険法13条)。 倒産・解雇など会社の都合による離職では、離職日以前1年間に6か月以上でよい場合があります。
ここで引っかかるのが、「受給資格がある」と「いま受け取れる」は別だという点です。
基本手当は、「働く意思と能力があり、仕事が見つからない状態」の人に出る給付です。 自分で会社を作って事業を始めたら、この状態から外れます。
起業すると、失業給付はどうなるのか
事業を始めた時点で、基本手当は受け取れなくなると考えておくのが安全です。
ハローワークでは、事業を始めることも「就職」に近い扱いになる場面があります。 どの時点を「事業の開始」とするかは、次のように考えられやすいです(個別の判断はハローワーク)。
- 個人事業: 開業届の提出、または実際に仕事を始めたとき
- 法人: 設立登記をしたとき、または報酬が出る役員に就任したとき
役員に就任したとき、報酬がゼロでも受給に影響するかは、ここでいちばん大事な点です。 【各自確認:報酬ゼロで役員に就く場合の扱いを、管轄のハローワークの窓口で】 「報酬を取らなければ大丈夫」と決めつけず、先に窓口で聞いてください。
準備中の扱いも気になるところです。 【各自確認:自分の準備状況(物件の契約・登記の準備など)が「事業の開始」に当たるか。管轄のハローワークの窓口で、準備の進み具合をそのまま話して確認】
私は2026年に退職し、失業保険の手続きをハローワークでしました。 その経験で一番大きかったのは、書類の書き方より「窓口で状況をそのまま話すこと」でした。 起業の準備がどこまで進んでいるかは、隠さずに伝えたほうが後で困りません。
起業するとき、受給期間の延長と再就職手当はどう使うか
会社を辞めたあとに起業する人が確かめたい制度は、2つあります。
| 制度 | 内容 | 向く人 |
|---|---|---|
| 受給期間の延長 | 病気・出産・育児などで30日以上働けないとき、受給できる期間を最長3年延ばせる(本来の1年と合わせて最長4年)。雇用保険法20条 | 準備や療養で、すぐに求職活動ができない人 |
| 再就職手当 | 基本手当の支給残日数が所定給付日数の3分の1以上ある人が、安定した職業に就いたときなどに支給される。事業を始める場合も対象になることがある。雇用保険法56条の3 | 受給の途中で開業する人 |
※金額や条件は、年度・個人の状況で変わります。最新の要件は、ハローワークの案内で確認してください。
延長の申請は、引き続き30日以上働けなくなった日の翌日以降、早めに出すのが原則です。 延長後の受給期間の最後の日までであれば申請できます(ハローワークインターネットサービス「基本手当について」、2026年10月4日確認)。 働けなくなった日は、手元のメモに残しておきます。
再就職手当で事業を始める場合は、「事業の見込みがあるか」も見られます。 【各自確認:事業の開始で再就職手当を受けるときに、開業の前後で何を出すかを、管轄のハローワークの窓口で】 開業日を決める前に聞いておくと、順番を間違えずに済みます。
計算例|再就職手当はいくらになるか
仮の数字で、金額の出し方を見ます。実際の額は、あなたの基本手当日額と給付日数で変わります。
前提(すべて仮定) - 基本手当日額: 5,000円 - 所定給付日数: 90日 - 開業までに受け取った日数: 30日(支給残日数は60日)
| 項目 | 数字 |
|---|---|
| 支給残日数の割合 | 60日 ÷ 90日 = 3分の2 |
| 給付率 | 3分の2以上なので70%(3分の1以上3分の2未満は60%) |
| 手当の額 | 5,000円 × 60日 × 70% = 210,000円 |
この例では、再就職手当は210,000円になります。 残りの日数ぶんをそのままもらうより少ない額ですが、事業の立ち上げの費用にできます。
※給付率は雇用保険法施行規則の定めです。基本手当日額には年齢別の上限があります。計算の前に、受給資格者証の数字を確認してください。
一人社長に、雇用保険の代わりはあるのか
公的な代わりはありません。自分で備えます。 主な選択肢は次のとおりです。
- 小規模企業共済: 個人事業主や会社役員が入れる退職金の積み立て。月1,000円〜70,000円の範囲で掛金を選べて、掛金は全額が所得控除になる(小規模企業共済法)
- 生活費の備え: 事業が止まった月でも払う固定費(家賃・保険料・税)を3〜6か月ぶん別口座に置く
- 役員報酬の設計: 自分の報酬を毎月一定に決め、会社の売上が落ちても、生活費が崩れない形にする
どれも「入れば安心」ではありません。 収入が止まったとき、何か月もつかを数字で出しておくのが、いちばん現実的な備えです。
退職前チェックリスト|雇用保険まわりの確認
退職前から、起業の手続きの前までに、1つずつ確かめてください。
□ 離職票が届く予定日を会社に聞いた □ 雇用保険の被保険者期間が12か月以上あるか、雇用保険被保険者証・離職票で確認した □ 起業の予定日(開業届・登記)と、ハローワークで受給を始める日の順番を紙に書いた □ 報酬ゼロでも役員に就任すると受給に影響するか、ハローワークの窓口で聞いた □ 再就職手当を使うなら、開業前に必要な手続きを窓口で聞いた □ 国民健康保険・国民年金の切り替え日を、離職日の翌日から数えて確認した □ 小規模企業共済に入るか、固定費の何か月ぶんを備えるかを決めた
心身がつらくて動けない日が続くときは、医師に相談してください。
次にやること
次の1つだけやってください。 管轄のハローワークに電話して、「起業を考えている。役員に就く予定だが、受給はどうなるか」と聞き、その答えを日付つきでメモに残してください。
窓口の回答がすべてです。 この記事も、制度の考え方を整理したものにとどまります。個別の判断はできません。
出典・参照 - 雇用保険法(4条・5条・13条・20条・56条の3) - 雇用保険法施行規則(再就職手当の給付率) - 小規模企業共済法 - 厚生労働省・ハローワークインターネットサービス(雇用保険の手続き案内)